Skip to main content

キャベツの内包

· 11 min read
Ikuya Yamada
non-stack engineer

年末年始は寒くなるという予報通り、底冷えのする日々を過ごす。そんな寒い日におすすめの食材がキャベツである。

キャベツは千切りにして鍋に放り込むと美味しくいただけるし、ざっくり切って回鍋肉にしてもよい。鍋は暖を取るのに最適の料理であるし、回鍋肉もスパイスを効かせれば体がポカポカしてくる。

と、やや強引にキャベツを連想させる導入となったのは↓の本を改めてペラペラとめくっていたからである。

https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I032499870 哲学はこんなふうに アンドレ・コント=スポンヴィル 著 木田元, 小須田健, コリーヌ・カンタン 訳

哲学的に意味をもたないタイプの不可知論者

以前読んだときに貼った付箋を頼りに流し読みをしていたわけだが、改めてすこし気になったところを引いてみると、第八章 無神論 (p123-124) より、神の存在に対するスタンスの一つとしての不可知論者に関して、その特徴を述べた部分で次のように語られる。

不可知論者とは、この選択を拒否するひとのことだ。[…] 不可知論とはいわば形而上学的中道主義であり、あるいは宗教的懐疑主義だ。不可知論者はいかなる立場にも立たない。彼は決着をつけない。[…] だからこそ、不可知論者は論理学者たちの言いかたを借りるなら、外延において獲得するものを内包において失うのだ。[…] 不可知論者が哲学的に意味をもつようになるのは、自分が知らないということをたんに肯定するにとどまらず、さらにさきまで進んで、この肯定だけで十分だと、もしくはこの肯定がそのほかのどんな態度よりもましなものだと肯定するばあいだけのことだ。

新幹線で迷い込んだこと

· 7 min read
Ikuya Yamada
non-stack engineer

新幹線の自由席、窓際に座っている私は、とろとろとした頭をシャキッとさせようと、コーヒーを口に含む。そして移動時間も無駄にしないようにと、カバンから取り出した本を開く。

本を読み人生を味わい深くしようとする試みは良いのだが、そんな人生を続けていくためには多少なりともお金が必要であり、お金をもらうためには、何らかの成果が必要である。

そこで、こんなことを考える。自宅にもう一人自分がいて、移動中の自分の代わりに仕事を進めていてくれたらなんと素敵なことではないかと。

その自分Bは、たった今この瞬間までの記憶を私と共有しており、本日のtodoも当然頭に入っているので、チェックリストの上から一つ一つ仕事をこなしてくれる(まず新幹線で数駅分を移動して帰宅してもらわないといけないが)。

自転車()で65km移動してわかったこと

· 7 min read
Ikuya Yamada
non-stack engineer

諸々の事情が重なり、猪苗代湖を一周したときの話。

10月末の土曜日、駅構内で買ったサンドイッチとホットコーヒーを手に、早朝の東北新幹線に乗り込む。周囲には、ゴルフバッグをもつ乗客がちらほら見られる。那須高原でゴルフでもするのだろうか。(ゴルフバッグを持っているのだからゴルフはするだろうが、問題はそれが那須高原なのか、という点だろう。)

空席を挟んで私と同じブロックに座るサラリーマン風の男性は、スポーツ紙を広げたまま睡眠と覚醒を繰り返しているようだった。スポーツ紙を読んで寝てしまうのは、小難しい本を読んで眠くなるのとどれほどの違いがあるだろうと、これまた眠くて働かない頭で考える。

そうこうしているうちに、新幹線は郡山駅に滑り込む。案内板を見ながら素早く乗り換え、磐越西線、会津若松行き4両編成の列車に飛び乗る。出発までの間、周囲を観察する。私の推定によると、乗車の用途としては観光と日常利用が半々くらいだろうか。

都市部から住宅街、田園風景へと景色は移り変わり、山をいくつか超えただろうか、40分ほど揺られ、そろそろ猪苗代駅に着くかというころ、車内アナウンスが流れはじめる。

すこし久しぶりに小説を読んだこと

· 7 min read
Ikuya Yamada
non-stack engineer

ショッピングセンターの、いつもは軽いウィンドウショッピングで済ませてしまう本屋も、機内で読む本が必要なときには、いつもと違う役割を果たすことになる。

旅行前に訪れた本屋で、村上春樹さんの新作文庫を見つけ、上下巻とも購入する。

村上春樹 著. 街とその不確かな壁 下巻, 新潮社, 2025.5, (新潮文庫 ; む-5-47). 978-4-10-100179-1. https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I034037330

小説、物語を読むのはすこし久しぶりで、(本来そんな必要もないのだが)警戒しながら読み始めてみたところ、次のページが気になって仕方ない。

タイトルにもある通り、作中で主人公は「壁に囲まれた街」に迷い込むことになる。壁に囲まれた街ということでなんとなく進撃の巨人の舞台を彷彿とさせる。

とあるメガネをかけること

· 5 min read
Ikuya Yamada
non-stack engineer

ぼんやりと見えるものを、もうすこしはっきりと見たいとき、①ものを手元に近づけてみたり、②眼鏡をかけてみたりする。

はっきりと見たいが(色々な理由で)そばには寄りたくない・近付くことができないときは②眼鏡をかける が選択される。

ぼけーっと生きていても、一生懸命に暮らしても、どのようなライフスタイルであっても生きている限りはトラブルに遭遇する。そして、多くの場合トラブルの根本原因を探っていくと人間関係に帰結するのではないか、という気がする。

自分でない誰か同士が争っているようなとき、近寄りたくない・巻き込まれたくはないが、かえってそういうときに関心が引かれてしまいがちで、火の粉を浴びない程度の距離で遠巻きに眺めている分には実際面白いものであったりする。

ところでところで、「東大政治学 = TODAI POLITICAL STUDIES」という本が昨年出版されており、パラパラと読んでみると、人間社会に政治がなくならない理由として三つの要素が挙げられている。

東京大学法学部「現代と政治」委員会 編. 東大政治学, 東京大学出版会, 2025.9. 978-4-13-033111-1. https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I033694650

gjモードを使うこと

· 3 min read
Ikuya Yamada
non-stack engineer

Vimで文章を書いていると、j, k で上下に移動したときに思ったより激しくカーソル移動してしまうことがある。長い文章を書くとウィンドウの右端で折り返されるのだが、システム観点ではそこでは改行は発生しておらず、あくまで表示の都合で折り返されているだけであり、人間とパソコンの意図が一致しないために起きるちょっとした不幸といえる。

こういう場合、j, k の前にgを入力する、つまり g j, g k とストロークすることで想定通り移動はできるのだが、毎回二種類のキーを打つのはとてもストレスであり、かつ実際上これに悩まされることが多かったので、g, k をそれぞれ g j g k にマッピングする設定を .vimrc に入れている。

メタメタに考えるきっかけを得たこと

· 5 min read
Ikuya Yamada
non-stack engineer

社会科学系の文献を読んでいると、時折形而上学が顔を出す。「〜は形而上学な話であって」「形而上学的な議論によると、」といった具合である。

シンプルな漢字の組み合わせ(而は漢文くらいでしか見かけないが、形状としてはシンプルである)である用語だが、それゆえ頭を悩ませることが多かった。シンプルにこの用語の意味がわからないのである。

まずは読み方から確認しておくと、「けいじじょうがく」である。毎度辞書で調べてみても、それが結局具体的に何を指しているのか、身に染みて理解することはできなかった。

柔らかな見た目の漢字の組み合わせに反して、こんな感じの意味だろう、ということも連想されない。

そこで初心者マーク付きの形而上学本を探して読んでみることにした。

スティーヴン・マンフォード [著]ほか. 形而上学, 岩波書店, 2017.12, (哲学がわかる). 978-4-00-061240-1. https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I028655858

思っていること

· 2 min read
Ikuya Yamada
non-stack engineer

何かを言明するとき、実は後に続く「〜と思う」が隠されている。

スマトラコーヒーは香ばしい と述べるとき、スマトラコーヒーは香ばしいと思う が正確な記述であり、

もっと客観的に思えること、例えば、日本は47の都道府県からなる、というような事実を述べるときも

日本は47の都道府県からなる(と私は思う) と言っているのである。

堂々と語ること

· 5 min read
Ikuya Yamada
non-stack engineer

読んでいない本について堂々と語っていいのだと知った。

ピエール・バイヤール 著ほか. 読んでいない本について堂々と語る方法, 筑摩書房, 2016.10, (ちくま学芸文庫 ; ハ46-1). 978-4-480-09757-6. https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I027622938

ある本について語るには、その本を読む必要はない、というよりも積極的に読まないことを勧めている。

そもそも読んでいることと読んでいないことの境目があやふやであること、そして「語る」という行為に必ずしも「読む」ことが求められないという主張がされる。

そして批評という営みが創造性にあふれたものであること、本を語っているつもりで、その実語っているのは批評者自身のことなのであると言われる。テーマとしている本・映画・劇はそのきっかけに過ぎない。

面白いと思った点が二点ある。 一点目は本書での著作の引用の仕方について。