一人であること
今よりだいぶ寒い2月に書いたこと。
年末年始の喧騒を経て2月が訪れる。2月は「逃げる」のだと言われるが、果たして逃げているのは2月の方なのか我々自身なのか。
私たちが2月に逃げられることが成立するということは、2月に追いつきたい、2月にそばにいてほしいという願望が前提にあるのかもしれない。2月に限らず月が過ぎること自体が寂しいことなのだろうが、他の月より3日も短いと時間の経過がより強調されるということなのだろう。
さて、逃げゆく2月を前に少し前のことを振り返ると、そう、西暦がまた更新されて2026となったのである。近頃は比較的穏やかな年末年始を過ごしているが、とはいえ相対的には騒がしいのが年末年始であり、それは人と集まる機会が増えるからである。
友人や家族と時間を共にすることは、数多くの他者で構成される社会とかかわり、ときに揉まれる我々にとっては、どこか自分の居場所を見つけたようで、自分を取り戻したように感じる瞬間でもある。
